大判例

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福岡高等裁判所 昭和30年(う)1326号 判決

しかし、原判決の挙示した証拠によると、井形次男は、昭和二十八年三月頃、被告人の母山田キヨノから同人所有の判示建物の階下の一部と二階のうち二部屋を判示のような約旨で賃借し、階下の店舗で、パチンコ店を開業したが、同年十二月頃から家賃を滞納するようになつたので、山田キヨノは同人に対し家屋明渡請求訴訟を提起するとともに、被告人は弟等と訴訟外において、延滞家賃の支払又は明渡の交渉を重ねてきたが、井形次男の方でも営業不振のため延滞家賃の支払に窮し、度々約束の期日を違えてばかりおり、ことに、昭和二十九年四月末頃、被告人の弟山田誠等から極めて強硬な請求をうけたときには、「五月七日までに、怠納家賃の支払ができないときは、強制的に家を出されてもよい」とまで言つて、一時その場の言い逃れをし、右五月七日にも金融の都合がつかないといつては、更に支払の猶予を乞うなど、一向に埒があかない状況にあつたので、同年五月十九日朝、わざわざ東京都からやつてきた被告人は、前記建物の二階キヨノの部屋で弟、山田義幸、同山田誠等から、これまでの交渉の経過をきき、井形次男の誠意のないやり方に憤慨して業を煮やし、同人等とともに今から、階下のパチンコ店に入りパチンコ機械を全部取り外して遊技施設を取り壊わし、実力により家屋の明渡を強制するより外なしと相談の上、同日午前十一頃、直ちに階下に降り、表入口の戸の破れ目から手を差し入れて掛け金を外し、そこから弟等とともに、既に二月余前から休業中で誰も居ない井形次男管理の店内に這入り、各自釘抜、金槌等を持つてパチンコ機械の取外にかかり、同日午後四時頃迄の間に同人所有の六十六台全部を台から取り外して店内の一隅に取りまとめておいた外、パチンコ台の支持板や玉売場等パチンコ施設全部を取り壊わしてしまつた事実を認定することができる。論旨は、前示井形次男の「五月七日までに支払ができないときは、強制的に家を出されてもよい」との言辞を捉えて、被告人の本件所為は、被害者井形次男の承諾に基ずくものであるから違法性を阻却するというのであるが、本件記録によると、右の言辞は井形次男が被告人の弟山田誠等から強硬な交渉をうけ延滞家賃の支払を迫られた結果、これまで度重なる違約を続けて既に弁明の余地もないような破目に追い込まれていたため、窮余の一策として当もないまま、つい心にもなく申し述べた遁辞であつて、当時の状況上、多分に心理的強制をうけてなされたかしある意思表示で、自由な、真実の意思に合致するものとは認められないし、もともと違法性阻却の一事由である被害者の同意は、それが被害者の真意に基ずくものであることを要することは言を俟たないので右のような井形次男の言辞を以て、被害者の同意があつたものとは到底認めることができない。

この点につき、原判決が「同人の意思は極めて浮動し易い未固定、未確定のものであるから……行為に出るに先き立つて、更に相手方に交渉し、その同意を確かめた上で行動に移らねばならない、被害者の同意は被告人の行為の時点において存在しなければならない」と説示していることは、所論のとおりであるが、原判決は前記井形次男の言辞を「この意思表示が、果して同人の真意に合致するものであつたか否かはすこぶる疑問のあるところであつて、むしろ、その場のがれの言辞として受け取らるべきものであると認められる」と判断して、当裁判所と同一の見解を示した上、更に続けて、「仮りに右の言辞に同人の真情が若干あらわれていたとしても」と前おきして仮定の下に、右摘示のとおりの説明に及んでいるのであるが、被害者の同意は、前記説示のとおり、被害者の自由な真意に出たものであることの外、更にその同意は、行為者の身体活動の時点すなわち行為者の行為時において存在することを要するものと解するのが相当であるから、原判決のした被害者の同意の有効要件に関する右解釈は、まことに正当であつて、所論のように判断を誤つたものということはできない。

そして、本件記録によつて窺い得る被告人は本件犯行の当日朝判示パチンコ店二階の井形次男の居間にどなりこみ、同人に対しお前の方で暴力団や遊び人を使うなら俺の方でも暴力団を使うぞと怒号し又弟忠幸も、同居間に就寝中の井形次男の腕をつかんで起し、「家に来い」などと言つて気勢を示した経緯があつた後、井形次男が資金調達のため外出中憤激の余り、同人の意思に反して弟等と共同で判示店内に侵入し、判示のとおりパチンコ施設を損壊する所為に及んだものであることや、右のとおり判示店内でパチンコ機械台等を取り壊わしているとき、これを知つた、階上の居間にいた井形次男の内縁の妻山田イトから、何度も「やめてくれ」と哀願されたのに、きき容れないのみか却つて、被告人は「懲役に行くのは覚悟の前だ」などと、どなりながら判示犯行を続けた点などを考えると、被告人は本件犯行当時、自己の行為につき、違法性の認識のあつたことも明らかであるから、原判決が挙示の証拠により、冒頭認定の事実と同一の原判示事実を認定してこれを住居侵入罪及び器物毀棄罪に問擬処断したのはもとより正当であつて、原判決には所論のように、事実の認定を誤つた違法はないので、論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 大曲壮次郎 裁判官 厚地政信)

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